小川フミオ
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小川 フミオ/OGAWA Fumio
Earshot

「イヤーショット」とは英語で「聞こえる範囲」のこと。取材中に聞いたことで、「これおもしろいね!」という言葉を、自分なりにふくらませてみたのが、このブログ。記事から外れてしまう発言の中にも、現在を的確に批評していたり、未来へと向かうヒントが隠れていたりする。プロフィールは、グルメやクルマを中心に、ライフスタイル全般を手がけるジャーナリスト。


月別アーカイブ: 11月 2011

「仕事で学んだのは“創造”」(ワイン醸造責任者)

初冬は、ワインのレセプションが多くなる。フランスやイタリアの作り手も、ぞくぞく来日して、東京でプレス向け試飲会を開く。今年はもったいないことに、せっかくご招待を受けても、ほかの取材と重なることが多く、涙を飲んで辞退させていただいた会の多かったこと……。

そのなかで幸運にも、フランスはペリエ ジュエの醸造責任者に会えた。ペリエ ジュエは今年200年を迎えたシャンパーニュのメゾンで、最も有名な製品は、エミール ガレが描くアールヌーボースタイルのアネモネの花が描かれた「ベル エポック」だ。

ベル エポックという名前から、このシャンパーニュは、19世紀末から英国人言うところのThe Great War、第一次大戦勃発までの、いわゆるベル エポックの頃にリリースされたものだと僕は思っていたが、しかし、ファースト リリースは1964年なのだという。

ガレがボトルに花を描いたのは1902年だが、そのボトルはセラーに眠っていて、それをあらためて発見してから、「このボトルにふさわしいシャンパンを作ることを決意」(ペリエ ジュエ)というのが経緯とか。

今回僕が会ったエルベ デシャン氏は、ワイン(シャンパーニュもブドウから作られるのでワインという)の味を決める責任を負った、ワイン作りで最も重要な立場にあるひと。ペリエ ジュエでは7人目の醸造責任者という。話しがおもしろかったので、以下に一問一答を記してみたい。

いまの仕事はどのぐらい続けてきたのですか

「28年になります。通常、醸造責任者の在職期間は25年から35年になります。私は実家がワイン用のブドウを育てていたので、大学で醸造学を勉強。その畑は叔父が継いだので、就職先としてペリエ ジュエを選びました」

学んだなかで印象的だったことは何でしょうか

「仕事で学んだなかで最も大きなことは“創造”でした。大学では分析や管理を学びました。でも創造は教えてもらえません。ペリエ ジュエに入ってから、私はペリエ ジュエの味とはなんなのかを教わり、それを引き継ぎ、提供し、そして次世代に伝えることが仕事になりました」

それは具体的にはなんですか?

「毎年、同じ味を作ること。言い換えればメゾン(会社)のスタイルを守ること。そのために、私たちはリザーブワインを作ります。アサンブラージュ(ブレンド)する前に、シャンパーニュに使うシャルドネ種やピノノワール種やピノムニエ種など、それぞれ単一品種でワインを作るのをリザーブワインと呼びます。そのあと、それらを混ぜて、ペリエ ジュエの味にするのです」

ワイン作りはその時代の味の好みや主市場の嗜好によって変化するといわれています。ペリエ ジュエにとって、継続と変化が意味するものは?

「スタートした200年前といまとでは、シャンパーニュ作りにおいて発酵技術で革新があったりして、当然、違っている部分もたくさんあります。常に変わらないのは、ベルエポックが当時のよき時代と“自由”というキーワードでつながっていること。そしてもうひとつ、技術者として私は自分の部下たちに、あまりいじりすぎて複雑なものを作らないよう注意しています。ペリエ ジュエのワインをきちんと試飲させ、その核にあるスタイルを守るように説いています。言葉にするなら、手を加えすぎないようにしながら、スタイルを表現すること。それこそ、ペリエ ジュエの醸造責任者としての責任だと思っています」


ペリエジュエの醸造責任者エルベ デシャンさん


「ベル エポック ロゼ」はシャルドネ45%、ピノノワール55%、ピノムニエ5%(赤ワインブレンド方式)


アンテプリマ青山で開かれたペリエ ジュエ200周年パーティ


華やかなガレのモチーフが使われた専用グラスで


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